勘兵衛様の独り言  〜 第二部 序 翠月華様 side


 柔らかな冬の陽射しが射し込む島田家の広い廊下では、敷き布団の敷かれた上に先日この家に招かれたばかりの少年が柱に背を預けて座り、本を開いている。そしてその傍らでは、この家の主様がわざわざ文机を移動してきて年賀状の宛名書きにいそしんでいた。

 怪我はだいぶ落ち着いてきたが、着替えが難儀だろうと七郎次が勘兵衛の和服を着ている。あちこち丈が合わないところが少年を幼く見せて、可愛らしいと柔らかな笑みを見せたのは、若頭の小早川。

 「六葩様に若。お茶でもいかがでしょうか?」

 先日、傘下の組長から贈られてきた御歳暮の和菓子をお茶請けにいかがですかと盆を携えてきた若頭は、慣れた手つきで茶を煎れ始める。香り高い緑茶を二人に供し、ちゃっかり自分の分も煎れてから、彼はある疑問を口にした。

「ところで、お嬢は?」
「…さ、さぁな」

 しまった。少しどもったと勘兵衛は内心、自分の失敗に悪態をついた。

「確か今日から仕事はお休みと聞いております。しかし、今朝は随分とお急ぎのようでしたので」
「銀龍も色々あるのだろうよ」
「色々とは?」

 それは突っ込んじゃいけないと思います小早川さん、と七郎次は心のなかで呟いた。そう、あくまでも心のなかで。

「まぁ、その…何だ…」

 必死に誤魔化す勘兵衛の隣で和菓子を美味しく頂きながら、ホント銀龍様は何処にお出掛けなんだろうと七郎次も気になってくる。それと同時に、昨夜傷の消毒をした時の彼女との会話が甦った。

『七は、島田と再会した時どんな風だった?』
『どんな風、とは?』
『だから、その…』

 やはり何でもない。忘れてくれと叫んで銀龍様は部屋を出て行ったけれど、何か関係があるのだろうか。

「やけに今日は追及するな…」
「お嬢の様子がおかしかったんで」

 いつも護衛に付けている若い衆から妙な男の影があるとの報告があったのはつい先日のこと。

「お嬢には堅気の男と幸せになっていただきてぇ」

 (良親は堅気のくくりに入るのだろうか…)

 いや、アウトだな。と心中でばっさりと切り捨ててから勘兵衛は茶を啜る。まったくあの二人は前世も今世も見ている方がもどかしい。自分が知る限り、口吸いどころか手を繋ぐ段階で止まっているはずだ。銀龍めいい年してうじうじしおって!!

「どこの小学生だ…」
「六葩様?」
「いや、何でもない」

 良親も良親だ。ふらふらと遊び歩いておるくせに本命には手を出せず仕舞いであの世に逝くとは…。今世も中々危ない橋ばかり渡っておるのだから。

「さっさと閨に引きずり込めばいいものを」
「あの、六葩様?」
「何でもない」

 聞き流せ、と厳命され小早川は忠実にそれに従った。

「まあ、何だ。ちと大人の階段を上りに行ったのさね」
「はぁ…」

 いまいち納得いかないらしい若頭を無理矢理煙に撒いて、総代は再び年賀状の宛名書きに精を出す。

   新年まであと数日。今日も六花会は平和です。




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 *うあ、のっけから良親サマ、六葩様にばれてるじゃないですか。(笑)


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